冷戦史 歴史

アメリカによるソ連領内の偵察

投稿日:2018年5月13日 更新日:

「鉄のカーテン」の向こう側

アメリカにとってソ連というのは謎に包まれた国でした。果たしてソ連がどのような軍事的な動きをしているのか、「鉄のカーテン」の向こう側を見たいというアメリカの思いは、1950年代に偵察技術の進歩という形で実を結ぶことになります。

※本記事は冷戦史第3回の下記コメントについての補足です。
「普通に領空侵犯www」
『前提として、アメリカは「偵察なんてしてないよ」って言ってた』
「なお7月1日にも領空侵犯をやらかして撃墜された」
「この後にSR-71ブラックバードが開発される」

 

とにかく高いところへ

アメリカはソ連軍による撃墜を避けるため、ソ連の迎撃機が飛ぶことのできない高高度から偵察を行おうと考えました。

そこでロッキード社の開発チームであるスカンクワークスは、高度25,000mを飛ぶことができる偵察機を開発したのです。U-2と名付けられたこの飛行機は、ソ連のレーダーにその存在こそ探知されたものの、迎撃されることはありませんでした。

 

ソ連の対応策

しかし、ソ連も自国のはるか上空を通過していく飛行機の存在を、黙って見過ごすわけにはいきません。

ソ連は高高度に到達できる迎撃機やミサイルの開発に取り組み、1960年5月1日、ソ連の新型ミサイルS-75(NATOコード:SA-2ガイドライン)によってU-2が撃墜されるという事件が起こりました。

 

U-2撃墜事件に対するアメリカの反応

アメリカは事件発生当初、気象データの収集を行っていた民間機が操縦不能に陥り墜落したと嘘の発表を行いました。

しかし、U-2を操縦していたパイロットのゲイリー・パワーズはソ連の捕虜となり、スパイ目的でソ連上空を飛行していたことを認めました。(ちなみにU-2の開発や偵察任務はCIA主導で行われ、パイロットも空軍ではなくCIAに所属していました。)

ソ連は、アメリカが領空侵犯という国際法違反を行い、スパイ飛行を行っていたことを非難します。しかし、アイゼンハワー大統領は「ソ連に先制・奇襲攻撃されないために、偵察を行うのはアメリカの安全保障にとって当然のことだ。パールハーバーは二度とご免だ」(Wikipediaより)と発言し開き直りました。

このことがきっかけで、雪解けムードは一変し、米ソ関係は悪化してしまいます。

 

アメリカによる偵察のその後

ソ連が対抗策を講じたことで、U-2によるソ連偵察は困難となりました。

しかし、アメリカは次の手を用意していました。ロッキード社の開発チームであるスカンクワークスはSR-71という新型偵察機を開発しました。この新型機は時速3,500km/hという高速で飛行可能であり、現在でもSR-71より高速の機体は開発されていません。また、U-2と同じく25,000mの高高度を飛行可能で、さらにステルス性も有しています。アメリカの開発したSR-71はその卓越した性能から、現在まで1機も撃墜されたことがありません。

なお余談ですが、スカンクワークスはSR-71でのステルス性能を進化させ、F-117という世界初の実用的なステルス攻撃機も開発しています。

さらに、U-2撃墜事件の頃には、偵察衛星開発の目途も立っており、60年代には宇宙からの偵察という新たな手法が取り入れられることになりました。

この事件は、軍事の世界で繰り広げられる技術開発競争の凄まじさを実感させられるような出来事だと思います。

 

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  1. 動画拝見しました より:

    動画面白かったです。ブログの補足もいいですね。

    またお仕事の合間に、ご無理のないペースで更新してくださったら
    嬉しいです。

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