冷戦史 歴史

ソ連の核開発とスパイ活動

投稿日:2018年3月1日 更新日:

冷戦とスパイ

国家がスパイ活動を行うという事例は、古今東西で見られます。もちろん、冷戦期にも多くのスパイたちが暗躍していたのですが、その性質上、中々歴史の表舞台には現れません。今回は特に冷戦初期のソ連のスパイ活動に焦点を当てて、それが核開発とどう関わっていたのかを説明をしていきたいと思います。

※本記事は冷戦史第2回の下記コメントについての補足です。
「この原爆自体はスパイが垂れ流したファットマンコピー」
「フルシチョフの回顧録ではソ連に核技術を伝えたと書いてあった」
「しかしヴェノナの公開でガチのスパイばかりだったことが判明する」

 

クラウス・フックス

クラウス・フックスは1911年生まれのドイツ人です。彼はドイツで共産主義活動にかかわるも、ナチスの台頭を受けてイギリスに逃れ、そこで理論物理学者として働いていたました。

フックスは1942年に英国籍を取得し、翌43年に渡米しコロンビア大学やロスアラモス国立研究所で原水爆の開発に関わっていました。第二次大戦後は再び英国に戻り原水爆の研究開発に携わっていましたが、ソ連のスパイであることが発覚して逮捕されました。

1950年にフックスは懲役40年の判決を受け服役、59年に釈放された後は東ドイツに移住し、中国の核開発にも関与したとされています。

 

ローゼンバーグ事件

アメリカではユダヤ人のローゼンバーグ夫妻(夫:ジュリアス、妻:エセル)がソ連に原爆製造に関する情報を流したとして逮捕され、1953年に死刑が執行されるという事件がありました。

より具体的に言うと、夫のジュリアスが、妻エセルの実弟でありロスアラモスの原爆製造工場で働いていたデイビッド・グリーングラスから原爆製造の情報を受けとり、ソ連へと流したという容疑が掛けられたというものです。

当時、マッカーシズムの吹き荒れるアメリカ国内において、ローゼンバーグ夫妻の逮捕は、ソ連の勢力浸透を実感させるものとして大きな衝撃を与えました。他方で、スパイ容疑により民間人に対して初めて死刑判決が下されたこと、また有罪の証拠はデイビッド・グリーングラスの証言しかなく夫妻は潔白を主張していたことから、助命運動が行われるなど世の中の注目を集めました。

ちなみに現在では、ローゼンバーグ夫妻はソ連のスパイであったことが明らかになっています。これは米英政府が行ったソ連の暗号解読の結果(ヴェノナ計画)や、フルシチョフの回顧録(ローゼンバーグ夫妻の情報が原爆製造に役に立ったという旨の記載がある)など、新たな証拠が明るみに出たためです。

 

ヴェノナ計画

上記で述べたヴェノナ計画とは、1943年から1980年まで米英の情報機関が行っていた暗号解読プロジェクトです。

これは、ソ連の情報機関と米国内のスパイが行っていた交信記録(暗号電文)を解読したもので、一般に公表されたのは冷戦終結後の1995年のことでした。

ヴェノナ計画の結果の公表によって、米国務省、軍、原爆開発者など、アメリカ国内に多くのスパイが存在したことが、国民の知るところとなったのです。

 

アメリカのスパイ活動

もっとも、ソ連のみならずアメリカもスパイ活動に力を入れていたのは言うまでもありません。

アメリカは東西対立が深まりつつあった1947年にCIA(中央情報局)を設立し、その後、世界各国でスパイ活動を行っています。アメリカによって政権転覆が起きた事例は結構あって、イラン、イラク、ベトナム、インドネシア、チリなどで政権転覆を行いました。

スパイ活動はなかなか歴史の表舞台には出てきませんが、我々の知らないところで歴史が大きく動かされていたかもしれないと考えると、とても興味深いと感じます。

 

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